刑事コロンボのインサイト力

先日、仕事チームの後輩に「いや、例えて言うなら刑事コロンボみたいなもんだよ」と説明すると、「どういう意味ですか?」と返されました。
なんと、刑事コロンボを知らないらしいのです。

僕は夏になると、推理モノやハードボイルド系の小説を読んだりや映画を観たくなるクセがあります。
今年の夏は、刑事コロンボのDVDを1話から観直して、ハマりまくっていたですが、これはやはり素晴らしいドラマです。

いくら世代じゃないと言っても、これを知らないのはもったいない。
とはいえ、1968年から1978年まで放映されたテレビドラマということなのでしょうがないかもですね。

このドラマは、医者や作家、映画俳優や建築家といった知的で社会的地位も高い犯人が、完全犯罪を狙うも、ボサボサ頭にヨレヨレのレインコートをまとった小柄で一見愚鈍なコロンボにアリバイを突き崩され、自ら破滅の道に転落していくという展開で進みます。

columbo

ふつうの推理モノは、状況証拠や目撃者の証言などで真相解明をしていきますが、コロンボは違います。
完全犯罪を目論む犯人(容疑者)に、捜査状況や自分の推理をいちいち話し、そのときの感情の揺らぎやちょっとした発言から差異をあぶり出し本人に突きつけるという、理詰めで追い込んで犯行を認めされる手法をとります。

犯人とコロンボとの緊迫感あふれる会話の駆引き、そして静かに確実に追い詰められていく犯人の葛藤や焦りといった感情描写が醍醐味なのです。
考えてみると、僕の今の仕事のベースになっている「人間観察好き」の原点は、幼少期にハマっていたこの「刑事コロンボ」にあるのかもなあとも思います。

学ぶべきは、コロンボの洞察力、つまりインサイトの力です。
例えば、このドラマでは、よく犯人が、被害者を自殺に見せかけて殺害するという設定があります。

現場では、みんなが死因を特定するための鑑識などを進めていますが、コロンボだけは被害者のベッドサイドに置いてある読みかけの本など、全然ちがうところを観ています。
そして「今から死のうという人間がこんなお気楽な本を読むかねえ」とかいって、他殺の疑いをかけていくわけです。

こういう人間の心の奥を読むインサイトの力は、マーケティングや広告の領域でもすごく重要なものです。
というのも、マーケティングや広告の施策は、「人はこんなふうに行動する」という仮説を前提に組まれるからです。
しかし、これがかなり読みの浅い、形骸化した仮説を元にしているケースが多いのが現実。

テレビでCMを見て、そこに検索窓カチッという表記があるのでネットで検索し、訪問したウェブサイトにはキャンペーンの告知があるのでクーポンをダウンロードし、そのクチコミを広げ・・・。
いやいや、ナイナイ。
そんな都合よく、人は動きません。

人を取り巻く情報環境はもっと多様だし、人間のモチベーションはもっと複雑です。
その点でも、コロンボに登場する犯人は、社会的地位の高いお金には困っていない人たちなので、今の一般的な人々に近い感覚があるんですよね。

第一話では、コロンボが頭脳犯の犯人(容疑者)に対してこんなことを語るシーンがあります。

「殺人犯といっても、多くの場合は、殺人は初めてなんです。
 つまり、素人だ。
 しかし、こっちは年がら年中、殺人を取扱っている。
 つまり、プロだ。
 負けるわけないんですよ」

このひと言で、コロンボをバカにしていた犯人の表情がガラッと変わるのです。

僕を含め、マーケティングや広告に関わる人たちもこうでなくちゃなりませんよね。
今日は、このへんで(^^