「選択」とは極めて禁欲的な行為だ

いつも、仕事でもプライベートでも、やりたいことやチャレンジしたいことがたくさんあって悩みます。
たぶん、みなさんもそうでしょう。
でも、すべてのことを漏れなくやるというのは、いくら時間があっても無理ですよね。

限られた時間の中で、何をやって、何をやらないかを決めていかなければなりません。
すごく大げさにいうと、自分の意思でやるべきことを選択し、人生を設計していくということ。

選択というのは、何をやるかを選び出すことですが、逆からいうと、他のすべての選択肢を捨てるということになります。
人生で自分が本当に獲得したいことをより抜き、そこに集中するために他のすべてを削り落とすということです。

ジョン・キムさんの著書「断言しよう人生は変えられるのだ。」に、すごくいい言葉があります。
「選択とは、ゼロから何かを創り出していくような創造的な行為ではなく、捨てたり、やめたり、断ったり、削ったりという極めて禁欲的な行為である」

ミケランジェロが彫刻のダビデ像を完成させたとき、こんなことを言ったそうです。
「自分はダビデを創ったのではない。ダビデは石の中にすでに眠っていて、自分は不要な部分を削り落としただけだ」

david

きっと僕たち一人ひとりの人生にもダビデ像は眠っていて、日々の選択とは、その本質以外の不要な部分を削っていくことなのでしょう。
勇気を持って、ひとつひとつの選択を決断していかないと、自分自信のダビデ像は日の目をみないまま眠り続けていくことになりますよね。

本書には、だから「常に自分の人生の中で大切なことは何かを問い続け、それを先送りしない人生を生きよう」と、ありました。

うんうんと、ものすごく同感しつつも、「それが難しいからいつも悩んでるんじゃん」という気持ちもあり・・・。
今日はこのへんで(^^