カテゴリー別アーカイブ:

ザハ氏のプレゼンに学ぶ「費用」を「投資」に捉えなおす方法

世の話題はすぐに劣化してしまいますので、すでに昔のことのようですが、新国立競技場の建設計画は、2520億円という大きな費用が問題とされ白紙撤回となりました。
で、こちらも時間が経ちましたが、それに対してデザインを担当した建築家のザハ・ハディド氏が、動画プレゼンを公開して話題になりましたね。

白紙撤回については意見をいう立場にないのですが、このザハ氏のプレゼン動画は問題の捉え方とプレゼン手法の事例として学ぶところが大きいですね。
純粋にこのプレゼンについて考えてみましょう。

ザハ氏はこの動画プレゼンで、デザインの必然性や工期、費用について説明し、「建設費を減らすためだけにゼロからデザインをやり直すことはリスクを増やすだけだ」と述べています。
詳しくは下記の動画を見ていただければと思いますが、説得力があるという声がネット上でも多数上がっていますね。

ザハ国立競技場
※これはサイト画像です。動画は以下リンクから。
ZHA ビデオプレゼンテーションとレポート―新国立競技場 東京 日本

このプレゼンの説得力はどこにあるのでしょう?
それは、ザハ氏がこの建設を「費用」ではなく「投資」と捉えて企画を組み立てているところです。

プレゼンには「ビヨンド」や「レガシー」といったキーワードが出てきます。
これは「このプランは2020年以降を見据えてのものです」ということ。
お金が掛かるデザインの一つ一つには、2020年のオリンピック・パラリンピック開催後に初期建設費を回収し、その後の運営費を生み出していくための理由があるわけです。

何事も「予算を使う」という発想だと、掛かるお金を「費用」としか捉えられず、できるだけ抑えよう減らそうという考えになってしまいます。
でも、このように「これから継続運営していくビジネス」と捉えると、「投資」という発想が必要で、初期投資の金額ではなく、どうやって回収していくかという「プラン」の方が重要になるわけですね。

これって、広告会社がクライアントにプロモーションの提案プレゼンをする際にも考えなければならないことです。
プロモーションや広告を「単発の費用」と捉えてしまうと、施策や表現の良し悪しについて、「トンマナ」や「世の中の空気」とか「今、イケてる」とかで説得しようとしてしまいます。

でもこれを、「クライアントにとっての投資」と捉えると、その施策や表現が「どのように人を動かすか」、「その結果どれだけ商品やサービスの売りに貢献できるか」、「他の投資に比べてどれだけ効率的な回収が見込まれるか」で良し悪しを説明することになります。

どうでしょう?こういう説明だと、説得力がありますよね。
実際、僕もこういうプレゼンをするようになってから、企画が通る確率が上がりました。

そしてこれは、あらゆる企業活動、社会活動に言えることだと思います。
これまで「費用」だと思っていたものを「投資」と捉えなおすと、これまで行き詰っていた問題に新しい解決策が見えてくるかもしれませんね。

では今日は、このへんで(^^

現地速報:カンヌライオンズ2015 その2

カンヌでは、各エージェンシーごとにだいたい集うお店が決まっています。
昨晩は博報堂さんが集うお店で、みなさんと語り合いました。
言い訳になりますが、毎晩の授賞式の後はその意義を語り合うという名目のもと、深ーい酒盛りがあり、完全な速報になりません・・・お詫び申し上げます。

さて、昨晩の授賞式は、アウトドア、クリエイティブ・エフェクティブネス、 PR、新設のグラス(男女差別や偏見問題)、メディアの5部門でした。

まずはアウトドア部門。グランプリは、米国アップルの「World Gallery」、東京でもよく見かけた「iPhone6で撮影しました」というやつです。
一般ユーザーがSNSに投稿したものをあちこちのアウトドア媒体に掲載するものですが、これだけ世界展開しているというのは僕も知りませんでした。
シンプルなアイデアですが、その規模を考えると評価は納得です。

次は、クリエイティブ・エフェクティブネス部門。
この賞はちょっと地味ですが、昨年の受賞作からその効果を評価するもの。
グランプリは、ボルボトラック(スウェーデン)の「Live Test Series」、あのジャン=クロード・ヴァンダムが足開くので有名なシリーズですね。
しかし、結果論かもですが、ボルボのグランプリが続いてますね。
最近、自動車メーカーの中ではブランド力が際立っているように感じます。

次はPR部門。グランプリはついにでました、P&Gの生理用品Alwaysの施策「#LikeAGirl」です。
これ、事前の期待がすごく高かったので、グランプリ発表のときには拍手喝采でした。
女性自身が初潮を境に、女性というものに偏見をもってしまう様を浮き彫りにしたもの。
女性にとって、もとは活発な女の子だったことを思い出し、勇気づけられるものでしょう。

2年前のFBI捜査官の似顔絵施策「Real Beauty Sketches」の手法に近いですよね。
あれも、女性を勇気づけるものでした。

そして新設のグラス部門。
これは男女差別や偏見にどこまでクリエイティブが立ち向かえるかのチャレンジですね。
発表前、審査委員長のシンディ・ギャロップさんが部門創設の意義に熱弁を振るっていました。

事前には「#LikeAGirl」のグランプリが予想されていましたが、受賞したのは、P&Gインドのこれまた生理用品、Whisperの施策「Touch the pickle」でした。
インドにいまだに残る「生理中の女性がピクルスの漬け物壷にさわるとピクルスが腐る」というとんでもない迷信を払拭するためのスローガンです。

グラス部門はこの他、「#LikeAGirl」を含めた8つほどの施策(正確な数忘れました・・)にグラスライオンが与えられました。
しかし、確かに課題は重要なものを扱っているのですが、どうもそのアイデアに切れ味がないような、既視感があるような。。。
まあ、新設時は課題を課題として取り上げることに意味があるということで、こんなものなのでしょうか?

そしてメディア部門のグランプリは、Vodafoneトルコが実施した「Red Light Application」。
DV被害の女性が、危険を感じたときに友人に緊急連絡を発信できるアプリです。
なぜメディアグランプリかというと、このアプリの存在を男性に知られないように、女性だけが見るメディアを選りすぐって告知していったからです。
たとえば、女性トイレや、女性用下着や脱毛テープなどなど。

この部門の審査員をされた博報堂の安藤さんに話を聞くと、これはResultに絶大な評価があったとのことでした。
つまり、そういったメディアを選択した結果、実際にアプリのダウンロードで成果を出したから、と。
しかし、これだけ徹底的に王道メディアを避けた施策がグランプリって、考えさせられますねえ。

こちらはオマケ。
メディア部門のゴールドだったアイスバケツ・チャレンジの受賞で、きっかけを作ったご本人家族が登場。
会場は、スタンディングオベーションとなりました。

IMG_6231

カンヌはまだまだ続きます。
今日はこのへんで(^^

現地速報:カンヌライオンズ2015 その1

今年もカンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバルに来ています。
昨年参加できなかったので、2年ぶりですね。

それにしても、南仏のコードダジュール沿いは、本当にすばらしい気候です。
目も開けられないくらいの眩しい陽とカラッとした空気。
その恩恵で食材に恵まれて、ワインやシーフードもびっくりするくらい美味しい。
いや、ここで広告祭をやろうと最初に目をつけた人に感謝するしかないですね。

カンヌ2015

さて、業界の潮流については、電通報という社のサイトにレポートしているので、こちらでは受賞の速報をしていこうかと思います。
昨晩はプロモ&アクティベーション、プレス(プリント広告)、ダイレクト、モバイルの4部門の発表がありました。

プロモ&アクティベーション部門のグランプリは、ボルボUKの「Life Paint」という施策。
ボルボは自動車と自転車の接触事故を防ごうと、ヘッドライトに反射して光るスプレー塗料を開発。
自転車に乗る人に使ってもらって、事故を減らす活動をしたというも。
自動車を売っていくための社会責任は、ここまで来てるんだなあと考えさせられますね。

プレス部門のグランプリは、ブエノスアイレス市の24時間自転車レンタルサービスの広告「Never Stop Riding」。
前輪と後輪の関係で、ずっと走り続けるということを表現したものですが、うーん、そんなに面白いかなあ。。。すみません。

never stop riding cannes

ダイレクト部門のグランプリは、米国ボルボの「Interception=アメフトで相手からボールを奪うこと」でした。
これは、アメリカのスーパーボウルの時に実施されたヒット施策ですね。
他の自動車メーカーのCMオンエア中に、ボルボ車をプレゼントしたい人の名前をツイートすると抽選で新車が当たるというもの。
以前、ペプシコーラがスーパーボウルのスポンサーを降りて、その予算でボランティア支援を始めた事例がありました。
今回のボルボもスポンサーを降りたあとの施策ですが、もっと直接的にその予算を使ったわけですね。まさにダイレクト。

モバイル部門のグランプリは、米国グーグルの「Card board」という施策。
段ボールのゴーグルにスマホを入れると簡単にヴァーチャル体験が楽しめるようになるキットを、サイトで配布しているものです。
テクノロジーサービスをこういうアナログなものと組み合わせるところが面白いということでしょうか。
うーん、これもなんか微妙ですね。

スクリーンショット(2015-06-23 18.57.09)

ちなみにこの日、会場を一番湧かせたのは、ダイレクトのゴールドを受賞した、MARC DORCELというアダルトビデオサービスの「#HANDSOFF(ハンズオフ)」という施策。
ネットでアダルトビデオの視聴が無料でできるが、その条件として両手をキーボードの上に置いておく(ハンズオン)必要があるというものです。
手を離すと映像が消えてしまいますが、#HANDSOFFの入力でこの条件が解除されるとともに課金されるというもの。
ホント、よく考えますよねえ。

という感じで、今のところの傾向としては、ものすごく斬新なアイデアで切り込むというより、小さなアイデアを丁寧にやりきるというものが多いように思います。
まだまだ続きますが、今日は、このへんで(^^

リーダーシップは、判断力でなく決断力

リーダーシップって、ちょっと気後れする言葉ですよね。
「いやいや、自分はまだまだそんな立場ではなく・・」みたいな。

でも実は、リーダーシップって、立場の話ではありません。
伊賀泰代さんの著書「採用基準」にもいい例があります。

たとえば、打ち合わせの場で、机に広げられていたちょっとしたお菓子や飲み物。誰かが処分しなければなりません。
そこで「自分が声をあげる問題ではない」と考える人がいるなかで、「このお菓子、置いていてもしょうがないので、どなたかもって帰れる人いますか?」と声をあげる人がいます。
そう、この人が、リーダーシップのある人です。

前者はなんらかの問題に気がついた時、「それを解決するのは誰の役割か、誰が責任者か」と考える人。
後者はそれを解くのが誰の役割であれ、「こうやったら解決できるのでは?」と自分の案を口に出してみる人。
後者が、リーダーシップのある人です。

こんなふうに、リーダーシップとは、それ自体そんなたいそうなことではありません。
発揮する場面は日常的に存在するものです。

042512_Penguins_are_bad_leaders_575x270-panoramic_15994

中谷彰広さんの講演映像をみていたら、リーダーシップについて、これまた面白い説明がされていました。
「マネージャーとリーダーは違う。判断するのがマネージャー、決断するのがリーダー」というものです。
やや言葉遊び的なところがあるので、ちょっと誤解が生じるかもしれませんが、補足としてこんな説明がされています。

ある問題解決について、意見が6:4にわれたとき、6をとるのがマネージャー。
意見が8:2にわれたとき、それでも2をとれるのがリーダー。

NHKのドラマ「坂の上の雲」で、印象的なシーンがあります。
日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊より攻め入られるというとき、司令長官の東郷平八郎は、大方の読みとは違う、参謀秋山真之の「バルチック艦隊は対馬から来る」という読みにかける決断をします。

途中、真之の「いや、やはり津軽から来るかも」という迷いもはねのけます。
「せめて、自国軍を半々に配備しては」という提案もはねのけます。
敵は大艦隊。半々ではどのみち勝てないのです。

結局、いわば8:2の意見の2をとって、対馬から来たバルチック艦隊に勝利。
これがリーダーの決断というわけです。

お菓子と海戦は極端な例ですが、問題の大小にかかわらず、リーダーシップを発揮する機会があるということ。
そして、お菓子のような日常的な場面でリーダーシップを発揮しない人に、海戦のような大きなプロジェクトでリーダーシップを発揮することは期待できないだろうということです。

なので、その人にリーダーシップがあるかどうかは特に大きな仕事をしなくとも、一日一緒に仕事をすればすぐにわかります。

僕の今の仕事は、巨大なシステムをトップ一人が動かすものではありません。
スモールチーム内の全員がそれぞれ意思決定をして進めていくものです。
つまり、全員にリーダーシップが求められます。

そんなリーダーシップを身につけるためには何が必要か?
いや、何か特別なトレーニングが必要だとは思いません。

「誰かが決めてくれるのを待つのではなく、自分たちで話しながら決めていく」
その意識を持つことで、大きく変わるのだと思います。

今日はこのへんで(^^

「あることがない」を見つけるシャーロック・ホームズの視点

久しぶりに時間ができて、シャーロック・ホームズなんかを読み直したりしていました。
僕はビジネス書ばかり読んでるように思われがちですが、文学も結構読みます。
特に推理小説の古典は、クリエイティブな視点を養うのに、すごく有益だと思うんですよね。

シャーロック・ホームズの視点は、野口悠紀雄さんのエッセイ「超整理日誌」にも取り上げられていますし、僕の著作「学校でも会社でも教えてくれない企画プレゼン超入門」でも紹介しています。

holmes

有名なのは、「白銀号事件」ですね。
イギリスの競馬界が舞台で、「白銀号」という競走馬にまつわる話です。

白銀号の調教師がレースの直前に謎の死を遂げます。
事件を依頼されたホームズは、トレードマークのルーペを片手に現場検証を始めます。
そして、関係者が見向きもしないような情報を丁寧に集めながら、ひとつの事実に光を当てるのです。
それは「番犬が吠えなかった」ということ。

ここでホームズとグレゴリー警部のやりとりがあります。
「あの晩の、犬の不思議な行動が解りますか?」
「えっ、犬は全然何もしなかったはずですが」
「そこが不思議な行動なんですよ」

ホームズが注目したのは、番犬が何もしなかったということです。
もし侵入者があれば、犬は吠えたはず。
それがなかったということ。
ホームズはこれを掘り下げていき、身内の犯行であることを突き止めます。

ホームズの視点から学べることは、「あるはずのものがないこと」を見つける力です。
普通、「ないはずのものがある」場合は、大抵の人は気づきますよね。
安定推移のグラフがいきなり変化するとおかしいと気づきますし、官邸にドローンが落ちていてもおかしいと気づきます。

しかし、「本来あるべきものがない」ということを見つけるのはなかなか難しいものです。
そして「あるべきものがない」という情報の方が、価値があることが多い。
たとえば「長者番付」なども、載っている人はいいとして、「なぜあの人が載っていないのか?」の方にこそ、興味と価値があるわけです。

僕は、マーケティングに携わる仕事をしています。
以前は、生活者調査とその分析からマーケティングの解を見出すことに大きな価値がありました。
でもツイッターなどのSNSが普及して、クライアント企業を含めた誰もがその気になれば、生活者の一次情報を手に入れられる環境になっています。
ならば、調査と分析だけで価値を提供するのは難しいわけです。

この環境で、マーケティングのプランナーが価値を提供できるとすれば、それは「視点の提供」です。
そのひとつがホームズのような「本来あるべきものがない」という発見なわけです。

クライアント側は、長年その分野で活躍してきたプロです。
そこに対して、これまでのような調査や分析だけで価値を提供するのは、もはや難しいでしょう。

しかしもしかすると、相手にとっては長年「ないことが当たり前」だと思っていることがあるかもしれません。
そんな場合、新しい視点として「本来あるべきはずのことがありませんよ」と示せれば、相手はとても驚きます。
それを埋めるアイデアを出せれば、説得力のある企画になるでしょう。

大げさに言えば、「人に見えていないものを見い出す力」ということでしょうか。
これが、プランニングの一歩だと思います。
そんな、自分にとってのホームズのルーペが欲しいですね。

今日はこのへんで(^^

プラットフォーム戦略。合コンで得をするのは誰か?

僕はよく企画で「プラットフォーム戦略」という言葉を使うのですが、たまにどうも話が噛み合ないということがあります。
たぶん、プラットフォームという言葉の解釈が違うんでしょう。

プラットフォーム戦略は、シンプルですが、すごくパワフルなものです。
ずいぶん前の本ですが、「プラットフォーム戦略/平野敦士・アンドレイハギウ著」では、合コンを例に説明していて、とても分かりやすいです。

合コンは、ビジネスでいうと「婚活パーティ」や「お見合いクラブ」というものになるのでしょう。
このビジネスモデルはシンプルにいうと、例えば男性1万円の参加費、女性は無料として、男女グループをマッチングさせる「場」を提供するというもの。

幹事である自分は特に魅力的なサービスがなくても、魅力的なメンバーを集めることで、その場を魅力的なものにするというものです。

さて、この戦略で噛み合なくなるのはここなのですが、この場をどういうしつらえにするのがよいかという問題です。
1万円という参加費を支払う男性をもてなすのか、無料で参加する女性をもてなすのかということ。

通常のビジネス発想だと、お金を払ってくれる男性がお得意様であり、もてなす対象です。
合コンの場は、料理もインテリアもBGMも、みんな男性向きにするべきだと考えるでしょう。

でも、プラットフォーム戦略では違います。
無料で参加する女性の嗜好を優先するのです。
料理もインテリアもBGMもみんな女性向きということ。

なぜでしょう?
男性趣味の場は、はじめは男性は集まりますが、そのうち肝心な女性が集まらなくなってきます。
これではビジネスは破綻しますね。

一方、女性趣味の場は、たえず女性が参加しつづけてくれます。
なので、それを目当てとした男性もたえず集まりビジネスは継続していくということになります。
実際に、前者の会社は破綻し、後者はうまくいっているという話を聞きました。

つまり、プラットフォーム戦略では、場を維持するためのエコシステムを構築することが大事なのです。
この原理さえ理解していれば、合コンというビジネスで、幹事が一番得することが可能になるわけです。

スライド1

僕の話に戻すと、場のしつらえを男性向きにしようとする人たちに、「いや、女性向きにしないとダメです」と説得することが多いということ。

話を大きくすると、グーグルだって、フェイスブックだって、アマゾンだって、アップルのiTunesだって、みんな無料でつかっているユーザーの方を向いています。
さきほどの本には「モノづくり大国だった日本が凋落した原因のひとつはこのプラットフォーム戦略の欠如だ」と書かれていました。
プラットフォームの原理を理解することも大事だし、もはやモノ単体の価値ではなくプラットフォームの一部としてどういう価値があるかが重要だと理解することも必要なわけです。

広告会社も、かつてはクライアント企業とメディアをつなげる、いわばプラットフォーム的な役割を果たしていました。
この場合(誤解を恐れずにいうと)、メディアを好待遇することで枠を確保し、クライアント企業から出稿をいただいていたわけです。

でも、インターネットの登場以降、時代は変わって、広告会社はクライアント企業と生活者をダイレクトにつなげることが可能になりました。
プラットフォーム戦略を考えるならば、広告会社は、企業と生活者のマッチングの場を提供する必要があります。
その場合、生活者に向けたしつらえをどれだけできるかということになっていくわけです。

生活者とダイレクトにつながって、オーディエンスデータを保有して、それをネタに企業やメディアを誘致する。
生活者に直接コンテンツが届けられるのなら、クライアント企業やメディアですらもこのプラットフォームを活用すると思うのです。

広告会社は合コンの幹事だ。
と、僕、もうずっと昔からこの話をしているのですが、業界周辺で目立った動きがないような・・・。
僕が知らないだけで、どこかでちゃんと進んでいることを願うばかりです。
今日はこのへんでー(^^

※詳しくはこちらをお薦めしますー

正しいほど相手を傷つける。「正論」が通じない理由

ここ最近、人から相談を受けることが多くなりました。
仕事の相談はもちろん、ややプライベートなことまで。

僕もそういう立場になってきたんだなあと、なんだかうれしく思いながらも、ちょっと責任を感じたりとか。
いや、僕自信も、人に相談したいことが山ほどあるんですけどね。
どなたか聞いてくれませんか?(笑

相談

さて、そんなふうに人に相談されるときに気をつけていることがあります。
それは、「正論を言わない」ということ。

人に悩み事を相談されてよくやるのが、正論探しです。
僕も昔は「せっかく相談されたんだから、正しいことをアドバイスしなきゃ」と一生懸命に考えて答えてきました。

でも、以外と正論というのは通じないんですね。
相手はそんなこと聞きたくないんです。

これは山田ズーニーさんが言っていたことですが、正論が通じない理由として、「正論を言う時、自分の目線が相手より高くなっている」ということがあります。
正論って、エラそうなんですよね。
正しければ良いわけではないんです。

相談してくれた相手は、正しければ正しいほど傷つき、否定できず、すぐに自分を変えることもできません。
「わかっているけど、変えられない」
これほど、苦しめられることはありません。
相手は、僕のことを「自分を傷つける人間だ」と思ってしまうのです。

なので、正論を言うのではなく、まずは同じ目線で相手を理解することが大事です。
褒めたり励ましたりするのではなく、相手の現状を理解し、共感し、正直に思うところを示すということです。

もし同じ立場だったとき、どうするか?どう変われるか?を自分の経験に基づいて話すわけです。
「ふーん、それはなんで?」「いつからそうなの?」「なるほどねえ、僕だったらこうするかなあ」。
それはもちろん、自分の身の丈を超えることなく、等身大の言葉として。

そこに「答え」はありません。
どちらかというと、「答え」を与えようとするのではなく、「問い」を共有する。
「問い」は、人に自ら考える力を与えます。
問いを共有すれば、相手は自ら考え、行動する勇気を得るのです。

人間は、結構強いです。
でも、その強さを引き出してあげる必要があります。
それは、決して強くなるために正解を与えることではありません。
どうやったら強くなれるか?
ひとつできることとして、僕も一緒になって悩んであげることかなあと思うわけです。

これは、企業コミュニケーションも一緒です。
「こうするべき、ああするべき、うちの商品はそれをかなえてあげます、任せて下さい」
そんなふうに言われれば言われるほど、距離をとってしまうのが人間です。

そうではなく、生活者の気持ちや悩みを共有することが先です。

もっと人間の気持ちを理解し、尊重しましょう。
僕が担当するプランニングは、こういう思想に基づいています。
なので、自社の商品やサービスを強引に売り込みたいという考えには合わないかもしれません。

もっと深く、強く、人とつながるためにできることって何だろう?
そんなことばっかり考えています。
それは、個人として相談される僕も、仕事人としての僕も、同じスタンスです。

結局、コミュニケーションって、「人間理解」ってことだと思うのです。
今日はこのへんで(^^

本を速く読むためのたったひとつのコツ

先日、ピケティの書評を書いたりしていましたが、多くの人の反応は「あの本全部読んだの?すげー」というものでした。
本の内容より、あれだけ分厚い本を読破したことの方に興味を持ってもらえたということです。
ピケティより、僕に興味を持ってもらえたという意味ではうれしいですね。
なので、今日は、僕がどんなふうに本を読んでいるかを紹介します。

最近はさすがにちょっと少なくなりましたが、僕は数年前まで年間500冊ほど本を読んでいました。
500冊というと、週に10冊ですね。
もっとたくさん読んでいる人もいっぱいいるでしょうが、一般サラリーマンとしてはそこそこ読んでいる方でしょうか。

読書に充てる時間は、平日の朝、夜と移動時間、それと休日まとまった時間がとれれば、という感じです。
基本は紙の書籍を購入し、気になる部分があったページの端を折りながら読んでいきます。
最後に赤ペンを持って、もう一度折ったページのところを開いていって、気になっていた部分に一気に赤線を引いていきます。

赤線がものすごく多かった本は、電子書籍でも購入し、Kindleに入れて常時携帯しています。
とにかく、量をこなしたいわけですから、大切なのはスピードです。

reading

とはいえ、僕も昔は本を読むのが遅くて、すごく苦手でした。
フォトリーディングとか、世にあるいろんな速読術も試してみましたが、どうもうまくいきませんでした。
でも、そんな試行錯誤の中で、あるとき本を速く読むためのひとつのコツに気づきました。

それは「アウトプットの場を先に決める」というものです。
本を読むということは、インプットの作業です。
でもインプットというのは、それ自体は目的になりません。
何らかのアウトプットという目的があって、その手段としてのインプットであるはずです。

であれば、最終アウトプットの形によって、インプットの方法自体が変わってきます。
つまり、何のために読むかによって、読み方自体が変わってくるということです。

僕の場合、アウトプットの場は以下のようなものです。

・仕事の企画、アイデア、事例
・コラムなんかの原稿への引用や参考
・ブログでの紹介
・講演やセミナーへの引用や参考
・人との会話や対談

こういったアウトプットの場をいくつか持っておいて、その手段としての本を選んで読むわけです。
こうすると、アウトプットをイメージしながらそのための必要箇所を探しながら読み進めることになります。
結果的に一語一句すべて読む必要がなくなり、スピードが上がるということです。

逆に言えば、読んだもの全部がアウトプットにつながる、無駄のないインプットになります。
読んだものをきちんと自分の血肉にするという意味で、本を読むスキルというのは「錬金術」みたいなものなのです。

これは何も本だけの話ではありませんね。
ブログやメルマガを読んだり、映画やアートを見たり、セミナーやカルチャースクールに参加することもそうです。

アウトプットの目的や目標がないのにインプットを続けても、それは時間を浪費して遊んでいるだけになってしまいます。
使う目的のないお金を貯蓄し続けているようなもんです。

子供の頃は、学校の勉強が退屈でつまらないと思ってましたよね。
それは、将来どんなアウトプットつながるか分からずに、ひたすらインプットの授業を受けていたからです。

企業の活動でもそんなところがありますよね。
その昔は「工場」のように製品をアウトプットする場しかなかったのに、そのうちに「研究所」とか「シンクタンク」とかインプットの場がでてきました。
それがうまく回っている時はいいのですが、いつしかインプットが目的になってしまって、巨額の研究費を投じていながら全く新製品に結びつかないという事態が起きたりします。
そうなってしまうと、意味ないですよね。

これは確か、ちきりんさんのブログか本かだったと思いますが、「インプットだけならアウトプットだけの方が圧倒的にまし。インプットだけの人はいてもいなくても世の中は変わらない」という言葉がありました。
厳しいですが、一理ありますね。

ただそこまで言うなら、ちょっと反論もあります。
たとえば、「アプトプットの選択肢を広げるために、手当たり次第インプットが必要な場合もある」ということ。
僕の場合、そんなときはあえて普段自分とは関係ない世界の本を、ゆっくり時間をかけて読んだりしています。

どうでしょう、ちょっとは参考になりましたでしょうか。
今日はこのへんで(^^

「価値を見極める力」が大事!

ちきりんさんの新刊「マーケット感覚を身につけよう」を読みました。
うーん、何と言うか、いま僕がこの業界で仕事にしていることがスパッと言語化されていてスッキリすると同時に、「ここまでタネ明かしされるとやりにくいなあ」と思ってしまうものでした。

本書の主張は、「市場で自分の価値を見極める力」は、ロジカルシンキングではカバーできない、これから最も大切になるスキルということです。
一流大学を出て一流企業に10年も勤めながら、「自分には売れる能力がない」と考えて、忙しい仕事の合間に学校に通ったり資格を取得したりする人が増えています。
それも否定はしませんが、実はどんな分野であっても10年も働いたのなら「売れるもの」、つまり「市場で価値のあるもの」は、既に持っているはずなのです。

足りないとすれば、それは「価値のある能力」ではなく、「価値ある能力に気づく能力」です。
個人であっても企業であっても、これからビジネスで必要なスキルは「売れるものに気づく能力」、言い換えれば「価値を認識する能力」だということです。
ちきりんさんの本ではこれを「マーケット感覚」と呼んで、論理的思考の対岸にあるもうひとつの必要スキルだと述べられています。

value

その昔、仕事で必要とされるスキルは「読み書きそろばん」と言われたました。
2000年代にはそれが、「ロジカルシンキング」「英語」「リーダーシップ」「ITリテラシー」などになってきました。
本書では、さらに最近それが変わってきていて、これから求められるのは「マーケット感覚を含めたもっとメタな能力」(具体的なスキルよりもっと上位に位置する汎用的な能力)だと言います。
それが「市場での自分の価値を見極める能力」だということです。

これは「マーケティング」と「マーケット感覚」との比較で説明されています。
マーケティングは、ビジネススクールでは4Pという「Product」「Price」「Place」「Promotion」のフレームワークとして学びます。
しかしいくらフレームワークだけ理解しても、その根底にあるマーケット感覚がなければ、単なる言葉遊びで終わってしまいますよね。

では、「マーケティング感覚」とはどんなものでしょう。
本書では、トヨタ自動車の日本の工場から世界に広まった「カイゼン」が例としてあげられています。

トヨタの海外拠点では、このカイゼンは、「歩留まりを高めるノウハウ」として実践されました。
しかし、本当の「カイゼン」の思想は違います。
日本の工場で実践されていた「カイゼン」は、ノウハウではなく、不断に現場を改善していこうという一人ひとりのワーカーたちの意識です。
そういう現場の経験から得られる市場に対する根源的な理解が、「マーケティング」ではなく「マーケット感覚」だというわけです。

最近は、サッカーやフィギュアやテニスなどのスポーツ番組の放映権が高騰しています。
その理由は、ドラマやバラエティーなどが録画視聴されることに対して、スポーツにはリアルタイム視聴での価値があるからです。
これに気づけば、テレビというビジネスの価値も変わってきます。
「テレビを観る人が減っている。テレビビジネスは厳しい」と考える人がいる一方で、「リアルタイム視聴のコンテンツを見つければテレビの未来は明るい」と考える人が出てくる。
「価値を見極める力」によって、テレビビジネスで見える未来の姿が変わってくるわけです。

僕の仕事も、このように「マーケット感覚でクライアント企業が持っている価値を再定義していく」というものです。
クライアント企業に見えている「わが社のこんな価値」があるでしょう。
でも、マーケット感覚で見極めると、その価値はこれまで考えもしなかったもっと大きな価値を秘めている可能性があります。
そんなことを見つけ、クライアント企業のパートナーとして具現化してくサポートをしています。
なので本書に「タネ明かしされた」と思ってしまったわけです(汗。

さて、本書の最後にもありますが、世の中のいろんな変化、例えば、少子化や高齢化などは悪いようにばかり捉えられがちです。
でも、新しいビジネスは、医療や介護、食品や小売り、旅行やアパレル、ロボットやITまで、この変化にどんどん対応し、より豊かな未来を創っていこうとしています。

つまり、個人でも企業でも、マーケット感覚を身につけるということは、変化が怖くなくなるということです。
急速な社会の変化に不安を感じてビクビクするか、逆にチャンスを見出してワクワクするか、ということです。
環境の変化に応じて「価値を見極める力」があれば、それを楽しめるというわけなのです。

ちなみに、ちきりんさんは、「マーケット感覚をもってこれから外国語を学ぶならば、英語ではなく、2億5千万人の人口とその88%をイスラム教徒にもつインドネシア語を学ぶ」と述べています。
18年前にインドネシア大学に留学していた僕からすると「価値を再定義するときが来たぞ!」とチャンスを感じてしまいました。
今日はこのへんで(^^

サラリーマンが自由を手にする方法

会社がイヤになることって、誰でもありますよね。
たぶん、僕は人一倍、会社がイヤになった経験のある人間だと思います。

最近も会社がイヤになって、人から薦められ、声も掛けてもらって、もう辞めようなんて考えました。
自分がやりたいと思っていることと、会社から求められていることのギャップがある程度大きくなると、考えてしまいますよね。

でも、今はもちろん思いとどまっています。
それは、やっぱり会社というものが楽しいからなんでしょう。

以前もブログでこんなエントリー書いたりしています。
「会社というすばらしい仕組み」

世の中ではフリーランスやノマドがもてはやされる中、僕は、会社組織で働くことの意義について、もっと見直されるべきじゃないかなと思っています。

最近読んだ「ぼくは、世界一楽しいサラリーマン/石渡晃一著」という本にも、とても共感しました。
本書には「サラリーマンほど自由な職業はない」とあります。

サラリーマンには給料という、生きるための保証があります。
喫茶店で雑談していても、資料を探すといって本を読んでいても、その時間にも給料は支払われています。
別にお金のためだけに働いているわけではないけど、お金のことを考えなくても仕事に没頭できるという環境は、やはりすばらしいですよね。

freedom

僕は微力ながら、自分の力を少しでも、世の中がより良くなることに役立てたいと思っています。
もちろん、それを実現するために、独りでがんばっていくというやり方もあるでしょう。
でも、それだけではなく、他のやり方だってあるわけです。
つまりそれは、「会社をうまく使う」ということ。

この本には「会社は武器だ」とありました。
会社の看板だって、上司だって、同僚だって、全部自分が世の中を動かすための武器だと考えればいいわけですから。
会社で「何ができるか」ではなく、自分が「何をやりたいか」が先にあって、そのために会社をどう使うかを考えようというわけです。

僕からすると武器だと思っている同僚たちも、彼らからみれば逆に僕が武器になっていることもあるでしょう。
要するに、志を持って集まった人たちが、大きな仕事を力を合わせて作っているわけです。
そこでは、自分ひとりでは絶対に出来ないようなことをみんなで実現しているのです。

あちこちからバラバラに集まった仲間たちが、知恵を結集して、世の中を変えていく。
こう考えると、やっぱり会社ってすばらしい仕組みだというしかありません。

今の僕の取り組んでいるいくつかのプロジェクトチームだって、みんながいつも情熱をぶつけ合って、たまには言い争い、それでもプレゼンの場や実施現場では、全員がキラキラ輝いています。
すばらしいですよ、やっぱり会社ってすばらしい仕組みなんですよ。

仕事は楽しむためにあると思うんです。
この本にもありました。
「仕事を楽しめない人は、たぶん人生も楽しめない」

自分の意識さえ変えれば、主導権はいつだって自分にあります。
どんな仕事でも、自分が主体的に関わって、クリエイティビティを発揮できるのなら、こんな楽しいことはないはずです。

会社を武器として活用させてもらう。
その代わりに、自分が会社に何を提供できるかを考える。
自分と会社は対等の契約関係だ。

そんなふうに自分が主体となって仕事の主導権を握れれば、それはサラリーマンでありながらも「自由である」と言えると思うのです。

ただしその自由は、最低限やるべきことを120%で打ち返したその先にあるということを忘れないようにしましょう。
僕は、ついついそこを忘れそうになってしまうので。

ということで、当面、引き続き、会社での自由を追求していきたいと思っています。
今日はこのへんで(^^

※ちょっと会社がイヤになったときに。